女魚拓師・中谷ま美vol.2 「Don’t stop thinking」

 

  • 細腕に汗を流し

 

1週間に一度、師匠のもとで指導を受ける日々。

色彩魚拓を作るには、魚を墨で塗り

紙に転写するだけでなく

絵の具での色付けも必要。

もともと絵は好きだったので、色を塗るのは

苦にはならなかったが

魚拓には、魚や釣り人の名前を記入するので

書の勉強もしなければならなかった。

小さいころに書道はかじっていたものの

それとはまた異なった

魚拓に合う独特の書体を学ばなければ

ならなかった。

筆に慣れるのに宿題も出され

毎日、帰ってからの

般若心経の写経も欠かさなかった。

腕が上がらないときもあった。

さらに頭を悩ませたのが大工仕事。

魚拓をとり、それを貼るための木枠が

必要なのだ。いくら「男勝り」とはいえ

女性の中谷さんに大工仕事は酷だった。

魚の大きさに合わせて

のこぎりでベニヤ板を切り

そのベニヤを貼るための木枠も作る。

切りくずだらけになりながら

カン、カンと金づちを振り下ろし

細腕に汗を流した。

それでも楽しいと感じたのは

林さんの人柄だけでなく

中谷さんが「魚好き」だったからといえる。

 

  • 魔法の筆

 

林さんの作業所に持ち込まれる魚の種類は多く

数々の魚拓を取る練習ができた。

ひれの形、目の大きさ、斑点の数など…。

魚は好きだが

ここまでじっと魚を観察することがなかった

中谷さんにとって、貴重な時間となった。

持ち込まれる魚に対して林さんは

絶妙な表現力で魚拓を作品に仕上げた。

間近でそれを眺める中谷さん

林さんの筆はまさに「魔法の筆」だと思った。

実は、そんな魔法の筆に魅せられて

色彩魚拓の門を叩く人は多かった。

完成作品だけを見ると「きれいな芸術品」と

とらえられ、少々絵心がある人は

弟子入りを志願しにくるという。

しかし、実際の現場では

大きな魚のぬめりを落とすところから

作業はスタート。当然、体中が魚臭くなり

とげが刺さり血を流すこともしばしば。

さらに大工作業なども加わり

紙を二枚貼り合わせる工程で

しわになってしまうことも多い。

さまざまな苦労があることを体験すると

一人、また一人と脱落していった。

中には「魚に触れない」といって

あきらめた人もいたという。

 

  • 考えるのを止めたらだめ

 

■中谷さんが、林さんから

 

「免許皆伝」を出してもらったのは

師事してから約半年後。

最初にお金をもらって作品を仕上げたときは

喜びの半面

プロとしてやっていかなければならない

プレッシャーと、「この作品でいいのか?」

という葛藤もあった。

もともと真面目で研究熱心な性格が

自分自身を追いつめた。

悩み続けた中谷さんを励ましたのが林さんの

「作品に、これでいいなんてものはない。

考えるのを止めたらだめ」

という言葉。

思えば、この言葉は親友で

釣りの師匠ともいえる中井さんからも

かけられたことがあった。

釣りも魚拓も同じだ。

その言葉を支えに中谷さんはさらに研究を続けた。

そして、こんなエピソードも。

まだ魚拓を初めて日が浅いころ、

県内ではまさに幻の魚・アカメの依頼があった。

当然、アカメなど釣ったことのない中谷さんは

未知の魚体の特徴をとらえるため

海南市の県立自然博物館のアカメの水槽の前に陣取り

一日中観察をしていたという。

表情、体の形、ひれの一枚一枚

そして名前の由来にもなる「赤い目」の光り具合…。

「職員さんから見れば

あの人、なんでアカメの水槽の前から

動かへんのやろと思われたでしょうね」

と笑って振り返る。

 

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グレの色彩魚拓を取る